うたこのプロフィール

うたこ
うたこ

はじめまして!うたこです。

私のことを紹介していきますね。

うたこの簡単プロフィール

以下は簡単なプロフィールです。

1957年生まれ、62歳
熊本県菊池郡在住
夫と娘4人
熊本大学教育学部音楽科卒業
中学音楽教師に
地元の少年少女合唱団の指導者になる
現在、合唱団指導とピアノや歌の個人指導で活動中

ピアノと歌と本が好きな子供時代

私は両親ともに教員の家で育ちました。

学校から帰っても親はいないので、一人で適当に歌を作って歌ったり本を読んだりしていました。

幼稚園の頃からピアノを習っていましたが、うちにはピアノがありませんでした。

うちは当時は古い借家に住んでいて、ピアノを置くスペースがなかったのと、なぜか父が音楽が嫌いで、買ってくれなかったんです。

4歳か5歳のクリスマスの日、目が覚めたら枕元におもちゃのピアノが置いてありました。

「サンタさん、ピアノが欲しいっていう私の願い聞いてくれたんだ!」と単純に喜んだのを覚えています。

それからピアノ教室から帰ってきたら、おもちゃのピアノで復習。

でも鍵盤が足りません・・・。

悲しかったです。(涙)

小学3年になった頃、電気オルガンを買ってもらえました。

毎日、習っている曲を弾いたり、自分の作詞作曲の歌を弾き語りしたりしていました。

そして私は熊本大学教育学部に入学しました。

2年生になる時に専攻を決めることになり、ピアノと歌のテストを受けて音楽科に進みました。

テストのためにピアノや歌を練習していると、父が「うるさい。」とやってくるんです。

だから、小さな音で、しかも鍵盤が足りないから鍵盤の先の音の出ない台のところまで手を伸ばして練習していました。(涙)

音楽科に進むことが決まり、やっと家にアップライトピアノがやって来ました。

その頃は新しい家に住んでいたので。

大学時代は先生やクラスメイト達にたくさん刺激を受け、音楽に溢れた楽しい日々を過ごしました。

中学音楽教師へ

大学を卒業して、中学校の音楽教師としての人生がスタートしました。

意気揚々と赴任校に向かったものの、楽しい大学生活から一転、生意気な中学生達とたたかう苦悩の日々が待ち受けていました。

でもそのうちに、大人でも子供でもない、揺れ動く自分の心を持て余す中学生の魅力にどっぷりはまっていきました。

彼らとともに音楽を作り上げてきた思い出は、私の中で今も貴重な宝物として残っています。

最初に行った中学校はすごく田舎の学校。

コンサートなど行ったこともない子達と音楽部を立ち上げ、コンクールに向けてがんばりました。

まだのんきな時代だったので、練習後、みんなで夕暮れのあぜ道を散歩して、戻ってきたら教頭先生から「音楽室が開けっ放しだったよ!」と叱られたり。(笑)

2校目はすごく荒れた中学校でしたが、音楽室の廊下の片隅に埋まっていた吹奏楽の楽器を発見し、吹奏楽部を創立。

コンクール初出場で入賞し、町の人達が喜んでくれてお祭りや記念の行事に出演するようになりました。

その頃、長女を出産。

1年間の育児休暇の後、復帰したら、吹奏楽部の子達が「先生が復活した!」と喜んでくれました。

授業も部活もその時その時、熱中してやって来ましたが、そんな中でいろんな子達と出会います。

授業で合唱をする時に絶対に口を開けない子、わざと大きな声でしゃべって邪魔をする子・・・。

そんな子達を授業が終わって音楽室に残し、話を聞くと「音痴だから。」

「誰がそんなこと言ったの?」

「小学校の先生。」

「えーっ?そんなことない!そんなことないよ!」

こんな子が意外に多くてびっくり!!

歌うってとてもデリケートなことなんです。

誰でも嬉しくなったら「ランラン」と口ずさみたくなるし、悲しい時は歌で慰められ、涙で癒やされます。

歌って心と直結しているんですよね。

だから音痴なんて言われたら、もう人前で歌えなくなるんです。

感受性豊かな子ども時代だったらなおさらのこと。

そう言えば、大学時代、医学部の子なんですけど、ピアノを習ったことがないのに、ベートーベンのピアノソナタを1小節ずつ覚えて、全部暗譜して弾くという驚異的な子がいました。

ある時期、私はその子にピアノを教え、その子は私にドイツ語を教えてくれていました。

その子はクラシック音楽が大好きで、素晴らしい感性を持っているんですけど、絶対に歌いませんでした。

その子も「小学校の時、先生から音痴って言われた。」って言ってたっけ・・・。

私の父が決して歌わなかったのも、そういう苦い経験があるのかも知れないですね。

私はそんな子たちと一対一で歌の指導をしてきました。

全員必ずちゃんと音程が取れるようになるし、今まで眠っていた素晴らしい歌声が聞けるようになります。

それからピアノの指導も。

校内合唱コンクールや卒業式で伴奏を頼まれたのに、なかなか上手にならなくて、先生から「他の人にするからもういいよ。」と言われた子達・・・。

ええーっ?どうしてそんなひどいこと言うの?

一度頼んだんなら、責任持って弾けるようにするのが教師の務めでしょ?

もう日にちがない中、そんな子達に個人指導をし、本番でばっちり弾けるようにしてきました。

学校の先生って、ほんとに生徒の心、大切にして欲しい。

切にそう願います。

結婚と出産

2つめの中学校に勤めている時に結婚し、長女を出産しました。

実は、私は子供ができたら仕事を辞めると決心していました。

小学生の頃、学校帰りに友達の家に寄ったら、そこのお母さんが「おかえりなさい。」と言いながら奥から出てこられました。

それが羨ましくて、「私はお母さんになったら、おかえりなさいと子供を迎えておやつを作ってあげるお母さんになるんだ!」とずっと思っていたんです。

一人目を妊娠して、「さあ、仕事を辞める時が来た!」と思った私に夫はこんなことを言いました。

「あなたが家にいたら、子供と添い寝して窒息死させるかも知れない、ガスの火を止め忘れて火事にするかも知れないから安心して仕事ができない。」

ひどいでしょう?!

それで、そのまま私は教師を続けることに。

私の人生は、私の思ったようにはいきませんでしたけど、結局、教師を続けてきて本当によかったと今は思っています。

3つめの学校で二女、三女、四女を出産。

育児休暇を取りながらがんばりました。

4つめの学校で、何と五女を妊娠。

でも胎盤の異常で入院し、妊娠5ヶ月で700gの超未熟児を出産。

私はこの子が新生児集中治療室から出て家に帰ってきたら、教師を辞めて、家でピアノ講師をしながらこの子のお世話をしようと思いました。

それで我が家に防音の音楽室を作り、グランドピアノを買いました。

結局、この子は9ヶ月で天国に行ったので、私は教師を続けることになったのですが、この防音のレッスン室はその後、とても役に立っています。

今も夫のバンド仲間や私の生徒さん達、たくさんの人が利用しています。

少年少女合唱団の指導者に

教師になって10年経った頃、私の住んでいる町に少年少女合唱団を作ろうという動きがあり、私に指導者になって欲しいと依頼が来ました。

その頃、吹奏楽コンクールなどにも出場していましたので、「忙しいのに大変になるな。子供もまだ小さいのに。」と、半分いやいやながら始めたのですが、今となってみれば、「この合唱団があったおかげで今の私がある!」と言えるほどに、私にとってかけがえのないものになっています。

その合唱団の代表を務めて今年で28年になります。

最初、いやいやながらで始めた合唱団ですが、仕事で疲れて合唱団に行き、子供達の声を聞いていると、帰る時には疲れが吹っ飛んでいます。

そんなことが繰り返され、子供の声には癒やしの力があると確信しました。

また3回目の定期演奏会のアンケートに書いてあった言葉が、合唱団の意味を教えてくれました。

「何もかもうまくいかず、生きていてもしようがないと思っていました。でも今日、皆さんの歌声を聴き、明日もがんばろうと思えました。」(20代女性)

「子供達の歌声で元気になる人がいる。」と分かり、それからは「子供達の歌声で元気を届けたい。」という気持ちで続けて来ました。

いろいろなところで歌ってきました。

1998年、1999年は2年続けてハワイ公演をしました。

日系2世の方がたくさんおられる病院やアラモアナショッピングセンターなどで歌い、貴重な経験をしました。

日系2世のおじいちゃん、おばあちゃんたちが涙を流しながら、一緒に日本の童謡を歌われる姿を見て、団員達も泣きながら歌ったのが強く心に残っています。

2年目は日本人として初めてパールハーバーで歌を捧げました。

ハワイのテレビ局にも取り上げられ、その後、アメリカの音楽会への招待を受けましたが、日本はちょうど新年度の時期だったので、残念ながら参加はできませんでした。

また地元の教会での合唱指導も行っています。

こちらはシニアの方が多いです。

退職・熊本地震

こうやって学校と合唱団と充実した日々を過ごして来ましたが、2016年に学校を退職しました。

退職したその年、熊本地震が発生します。

合唱団は練習を再開した日から避難所やショッピングセンターなどを訪問し、歌で復興を応援してきました。

その活動がNHK「あさイチ」に取り上げられ、その年の定期演奏会にイノッチさんなど、当時のMC3人が来てくださり、テレビで特別番組が放映されました。

ほんとに、歌って固くなった人の心を溶かし、元気にしてくれるものなんですね。

現在は?

こんな風に、今まで保育園児から80代まで幅広い年齢層の方々と関わり、歌やピアノの指導をしてきました。

ご自分のことを音痴だと思い込んで悩んでおられる方への音痴矯正指導も行ってきました。

今までの経験から、歌やピアノで伸び悩んでいる方のレベルアップをお手伝いするのがが得意分野です。

現在は、歌やピアノの直接レッスンとオンラインレッスンを行っています。

上の写真は我が家のレッスン室です。

また代表を務めている少年少女合唱団以外にも、依頼を受けて、学校や他の合唱団の指導も行っています。

お悩みやご相談はどうぞお気軽にお問い合わせください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました