小中学校はもうすぐ卒業式ですね。
この3年間、新型コロナの影響で、卒業式で歌が歌えなかったり在校生が出席できなかったりした学校が多かったと思いますが、今年は感染対策をしながらも歌が歌えるところが多いようです。
音楽の授業で満足に歌わせることができなかったけれど、卒業式では最高の歌声を響かせたいと願っておられる先生方もたくさんおられます。
私も来週、地元の小学校の合唱指導にお邪魔することになっています。
とても楽しみです。
さて今回は、小中学校の卒業式で今最も多く歌われている「旅立ちの日に」についての合唱指導について、ピアノ伴奏とパート別のコツについてもお話したいと思います。
「今、『旅立ちの日に』をやっていますが、どのように指導したらいいんでしょうか?」という中学校の担任の先生からのお尋ねにお応えした形です。
「旅立ちの日に」以前に、合唱指導の基本的なことについては、こちらの記事の「『いのちの歌』以前に大切なことは」の部分に書いていますので、合わせてお読みください。
「あすという日が」の合唱指導については、こちらをご覧ください。
「旅立ちの日に」について
合唱曲「旅立ちの日に」はほとんどの方が耳にしたことのある歌だと思います。
今や、日本の小中学校の卒業式で最も歌われる曲になりました。
実は、この感動的な歌を作られたのは、プロの音楽家ではなく中学校の校長先生と音楽の先生です。
1991年、埼玉県の秩父市立影森中学校の校長だった故小嶋登先生が作詞をされ、音楽教諭の坂本浩美(現在は高橋浩美)先生が作曲をされました。
当時の影森中学校は荒れていて、何とか生徒達の心を明るくしたいと小嶋校長先生と坂本先生は「歌声の響く学校」を目指して努力をされました。
最初は抵抗していた生徒達も少しずつ歌うことの楽しさに目覚め、学校は明るくなっていったそうです。
その取り組みを始めて3年が経とうとする頃、坂本先生は「何か卒業する生徒達に残してやりたい。」とオリジナルの歌を作ることを思い立ち、作詞を小嶋校長先生に依頼しました。
小嶋校長先生は「自分はそんなことはできない!」と断られたのですが、翌朝、坂本先生の机の上に「旅立ちの日に」の歌詞が置いてあったのです。
小嶋校長先生が夜一人で、卒業する生徒達を想いながら詞を作られる姿を想像すると熱いものが込み上げてきます。
懐かしい友の声 ふとよみがえる 意味のないいさかいに 泣いたあのとき
心かよったうれしさに 抱き合った日よ
生徒一人ひとりの顔を浮かべながら、「あんなことがあったな、こんなこともあったな」と思い出し、歌詞ができていったのでしょうね。
そして
いま 別れの時 飛び立とう 未来信じて 弾む若い力 信じて
「自分を信じて未来に向かって飛び立って行け!」という生徒達へのエールですよね。
校長先生の生徒達への深い愛を感じます。
この歌詞に坂本先生が曲をつけられました。
前半はしみじみとした落ち着いた中にも広大な雰囲気を感じさせ、後半はテンポが速くなり力強く希望に満ちた曲想になっています。
こうやって出来上がった「旅立ちの日に」は、その年は「3年生を送る会」で先生達が歌われたのだそうです。
生徒達は感動したことでしょうね。
こんなに生徒達を思い、愛してくれる先生達に出会って、生徒達は本当に幸せだと思います。
その翌年から「旅立ちの日に」は影森中学校の生徒達によって歌われるようになりました。
そしてだんだんと周りの小中学校に広がっていき、この曲のことを知った作曲家の松井孝夫さんが混声三部合唱に編曲されたのです。
松井孝夫さんは「マイバラード」や「そのままの君で」など小中学生に人気の合唱曲をたくさん作っておられる有名な作曲家ですが、当時は東京都の中学校で音楽教師をされていました。
「旅立ちの日に」の卒業式に向けての合唱指導のポイント
dronepc55さんによる写真ACからの写真
それでは、「旅立ちの日に」の合唱指導のポイントをお伝えします。
合唱コンクールに向けての合唱指導も卒業式に向けての合唱指導も何も変わることはないのですが、卒業式が迫ってくると、なおさらこの曲が心に迫ってくることでしょうね。
「旅立ちの日に」の合唱指導のポイントは以下の5点です。
○言葉を大切に、全員にメロディーを歌わせる
○リズム感を揃える
○ブレスと音の長さを揃える
○後半は急がないでテンポを保つ
それでは、それぞれについて具体的に見ていきましょう。
「旅立ちの日に」は現在ではたくさんの編曲がありますが、ここでは中学生がよく歌っている松井孝夫さん編曲の混声三部合唱で考えていきます。
歌詞を読み、自分の体験と重ね合わせる
「旅立ちの日に」を心を込めて歌い感動を伝えるためには、まず歌詞を読み、自分のことと重ね合わせることが大切です。
学校は忙しく十分な時間が取れないかも知れませんが、これをするのとしないのとでは、仕上がりが大きく変わってきます。
ただ歌わせられているのか、それとも自分を表現するのかの違いです。
中学校で「旅立ちの日に」の授業をした時、私は生徒達にワークシートを配り、歌詞の中で自分が一番印象に残ったところと、なぜそこが印象に残ったのかを書かせました。
生徒達はそれぞれにいろんなことを書きました。
「印象に残ったところ」で一番多かったのは
意味もないいさかいに 泣いたあの時 心通ったうれしさに 抱き合った日よ
です。
その理由を、ある女の子は「1年生の時、○○ちゃんと口げんかになった。それで口をきかなくなり、話したくても話せなくて寂しかった。でも次の次の日、○○ちゃんから『ごめんね』と言ってくれて元通りに戻った。あの時、自分から『ごめんね』と言えなかった。○○ちゃん、ごめんね。そして何でも話せる友達になってくれてありがとう。」
ある子が選んだのは
心通ったうれしさに 抱き合った日よ みんな過ぎたけれど 思い出強く抱いて
その理由は、「一生懸命に練習を頑張った最後の吹奏楽コンクール、金賞取れなかった。学校に帰ってみんなで抱き合って泣いた。心が一つになった時だった。大事な思い出。」
ある男の子は、ここを選びました。
飛び立とう 未来信じて 弾む若い力信じて このひろい このひろい 大空に
理由は
「僕は超未熟児で生まれて、育つかどうかお母さんはすごく心配したと聞いた。僕はサッカーもやって、もうすぐ中学校を卒業する。ここまで育ててくれた両親に感謝したい。」
涙出そうですよね。
私は広用紙に「旅立ちの日に」の歌詞を書き、生徒達のコメントをそれぞれの箇所に貼り付けていきました。
授業では班の中で、あるいは全体の中でそれを発表してもらい、友達の思いを共有させました。
言葉を大切に、全員にメロディーを歌わせる
いよいよ合唱の練習が始まるのですが、最初はパートに分かれずに全員にメロディーを歌わせます。
どのパートの生徒もメロディーが歌え、各フレーズの山や雰囲気を感じさせることが大切です。
そして言葉を大切に歌わせます。
言葉をはっきりと伝えるためには、言葉の頭の音を意識して強く歌います。
もちろん、他の言葉をいい加減にして、その音だけ極端に強くする訳ではありません。
上は「旅立ちの日に」の最初の部分です。
各フレーズの出だし、「しろい」の「し」、「やまなみ」の「や」、「はるかな」の「は」は一番強く、その他の言葉の頭は2番目に強く歌います。
同時に、フレーズのなだらかな山を感じながら歌わせましょう。
それから特に後半のメロディー(主旋律)を全員に歌わせることはとても大事です。
ここは女子が歌って男子が追いかける、そして男子が歌って女子が追いかけるという風に編曲されています。
ただ聞くと「いま いま」と聞こえますが、主旋律は「いま わかれのときー」です。
また主旋律が男子に移る時、副旋律の「ちからしんじてー 」から休符もなくすぐに主旋律の「このひろいー」になりますが、「旅立ちの日に」の合唱の中で、ここが一番のポイントだと思います。
ここのメロディーをまずはみんなで歌って、タイミングを合わせましょう。
リズム感を揃える
「旅立ちの日に」の前半、ピアノ伴奏の右手はずっと4分音符を打ち続けています。
歌はこれに乗って、拍を感じながら歌いましょう。
歌の出だしは途中までずっと8分休符があります。
ここを揃えるには呼吸の仕方が大切です。
ゆっくりと息を吸っていたらだらだらとした歌い方になり、出だしが揃いません。
歌の前の小節(前奏の最後の小節)の4拍目で息を吐き、8分休符で瞬間的に息を体に入れて歌い出しましょう。
揃わない時は歌うのではなく、言葉だけで練習させてください。
「1、2、3、フー、ハッしろい」というふうに。
この歌い方が6回続きます。
そして「ゆうきをつばさにこめて」から、小節の頭から歌うようになりますが、そのフレーズの終わりにある3連符や16分音符もしっかりと揃えましょう。
そして後半の〔Piu mosso〕のところに突入します。
ここも、言葉の頭をより強く歌うとリズムも揃いやすくなり、ここにある決意の気持ちを表現することができます。
特に8分休符から16分音符のところ、呼吸と気持ちを揃えて歌わせましょう。
ブレスと音の長さを揃える
「リズム感を揃える」のところでも言いましたように、ブレスを揃えることはとても大事です。
歌い出す時に瞬間的にブレスをして、出だしをはっきりと歌わせましょう。
またフレーズの途中の不要なところで勝手にブレスをしないようにしましょう。
ブレスの場所は最初の音取りの段階で揃えましょう。
不要な場所でブレスをしているのをそのままにしていたら癖になり、後で修正しても本番ではやっぱりブレスをしてしまい、幼稚な歌い方になってしまうこともあります。
それから2分音符や付点2分音符、全音符など、伸ばす音は、伸ばす長さを揃えましょう。
子供も大人もですが、だいたいちゃんと伸ばさないで中途半端な歌い方になることが多いです。
例えば3拍伸ばす時は4拍目の頭までと思いましょう。「1と2と3と4」までで3拍伸ばしたことになります。
ついでに、後半の1番括弧の「(お)おーぞらにー」の「おー」3拍は次の「ぞ」に向かって大きくしましょう。
声は空気中を飛んでいくのですから、先に行くほど力は弱くなり声は小さくなります。
だんだん大きくしようと思うくらいで同じ大きさを保つことができます。
声のスピードを失わないようにしましょう。
一番最後の2番括弧も同じです。
「おー」を7拍伸ばして「ぞらにー」にいきます。
ここは最後の最後なので、みんなに力一杯頑張ってもらいましょう。
「おー」と「ぞら」の間でブレスをしないように指導してください。
ここで切れたら「この広い大空」になりませんから(汗)
後半は急がないでテンポを保つ
1番、2番と言葉やブレス、山、リズムなどに注意して進んでいって、いよいよ最後の「いま わかれのときー」になります。
ここはf(フォルテ)で〔Piu mosso〕(ピュウ・モッソ)という速度記号が書いてあります。
Piu mossoは「今までより速く」という意味です。
感情も高ぶるところですが、気持ちが急いだらリズムが揃わずバラバラになってしまい、感動を伝えることができなくなります。
速度は速くなるのですが、落ち着いて1個1個の音をしっかりと歌わせましょう。
そのためには指揮をよく見て気持ちを合わせることが大切です。
「旅立ちの日に」のピアノ伴奏のポイント
「旅立ちの日に」のピアノ伴奏のポイントにも触れておきたいと思います。
松井孝夫さん編曲「旅立ちの日に」のピアノ伴奏は決して難しくはなく、ピアノを練習してきた中学生の多くが無理なく弾けるようになっています。
そしてしっかりと合唱を支え、盛り上げることができるように考えてあります。
まず、前奏は歌う者も聴く人も今までのことをしみじみと振り返り、そして気持ちを前に向かわせることのできるすばらしいものです。
心を込めてピアノで歌い始めましょう。
4小節目の3、4拍の左手オクターブは物語を次の段階に進めるための大事な音なので、その意識を持ってしっかりと弾きましょう。
7、8小節目の左手はもうすぐ新しい世界が始まることを予感させます。
そして歌い始める前の2小節は歌と同じテンポで落ち着いて弾き、歌を誘導しましょう。
それからずっと右手は4分音符が続きます。
指揮を見て、テンポを合わせましょう。
歌を聞いて弾くとどんどん遅くなる心配があります。
右手は4分音符が続きますが、左手は動いています。
左手の低音はとても大事なのでしっかりと弾きましょう。
時々タイも使われています。リズムを正確に弾きましょう。
そして間奏。
間奏は前奏と似ていますが、最初から盛り上がっていますね。
聴かせどころなので堂々と歌いましょう。
そして前奏の時と同じように左手にオクターブの4分音符2つが来てから、少しずつ落ち着いていき、最後の2小節で歌の2番を誘導します。
最後のPiu mossoの部分は、上の合唱指導のポイントのところで言ったように、急がずに指揮と合唱と伴奏が一体となって歌い上げましょう。
後奏は歌いきった後の余韻を聴く人に感じさせてください。
遠くにきれいな空が見えるように。
それから、これはどの曲のピアノ伴奏をする時もそうですが、合唱の練習はいつも最初からあるとは限りません。
指揮者が「○○から」と言った時に、さっとそこから弾き始めることが必要です。
中学生は覚えが早く、ピアノ伴奏も暗譜して弾く子がたくさんいますが、たとえ暗譜していても合唱の練習の時は楽譜を譜面台に置いておく必要があります。
指導者が○○を練習したいのに、なかなかピアノ伴奏者がそこを弾き始めなかったら時間の無駄ですから(汗)
「旅立ちの日に」のパート毎のコツを解説
それでは最後に「旅立ちの日に」混声三部合唱(松井孝夫編曲)のパート毎のコツをお伝えします。
ソプラノパート
ソプラノパートはずーっと主旋律を歌い進めますので、しっかりと歌いましょう。
最後の「このひろいー」から終わりまでは副旋律になりますから、そこは主旋律のテノールパートを聴いて、テノールの音量を追い越さないようにします。
テノールがしっかり歌ったら、まず追い越せないと思いますけど、テノールの人数が極端に少ない時は気をつけましょう。
あと、「きぼうのかぜにのりーー」の「りーー」のところはアルトパートだけが音程が変わり、ハーモニーが変わるところです。
ハーモニーの変化を感じさせるためには、アルトパートの音程が変わった拍の最後までソプラノパートとテノールパートがしっかりと伸ばすことが大事です。
アルトパート
アルトパートは途中までソプラノパートと一緒に主旋律を歌います。
まるで一人が歌っているように音程を揃えて歌いましょう。
音が下がるときについ力が抜け、下がりすぎて暗くなることがありますから、お腹を緊張させ、ほっぺを上げて明るく歌いましょう。
その後は、3度下を基本にソプラノパートと同じ動きで和音を作っていきます。
アルトパートは音が低いので、ソプラノパートと同じようにクレッシェンドをかけるのはとても難しいのですが、お腹に力を入れてソプラノパートと一緒に盛り上がりましょう。
1ヶ所、ソプラノパートは音が上がるのに、アルトパートは音が下がるところがあります。
でも、ここもがんばってソプラノの動きに合わせて山を作りましょう。
テノールパート
最後にテノールパートです。
中学に入学した頃は綺麗なボーイソプラノだった男の子達も、中3になるとたくましい男性の声を響かせるようになります。
男女の数が同じくらいの学級だったら男声が強すぎるのですが、学級合唱はその中でいい合唱を作っていかなければなりません。
男子は明るく柔らかい声を響かせることができるように、中1の頃から指導したいものです。
変声前のボーイソプラノの時、無理に地声で強く声を出させるのはよくありません。
ボーイソプラノの時に顔を開けて頬骨に声を当て、頭の方に響かせるように歌えていたら、変声後もすばらしいテノールやバスになれます。
変声の途中で声が出にくくなり、きつい時期がありますが、その時は無理に声を出さずに、口パクでもいいから気持ちで歌いましょう。
さて「旅立ちの日に」のテノールパートについてです。
テノールパートは最初、女声の1オクターブ下で主旋律を歌います。そしてアルトパートが別れるのと同じタイミングでテノールパートも別れます。
前半は女声を優しく支えるように歌いましょう。
アルトパートで説明したように、テノールパートもソプラノが上がる時に音程が下がるところがありますが、ソプラノパートに合わせてクレッシェンドしましょう。
後半の「いま わかれのとき」に入り、その後「みらいしんじてー」とありますが、ここの「てー」の音が急に高くなります。
ここは「しんじてー」をお腹で支えて前に伸ばし、落ち着いた大人の感じを出しましょう。
考えずにただ頑張ると突飛な感じに聞こえてしまいます。
そして最後、テノールが主役になる時がやって来ます。
「このひろいー」からです。
上の合唱指導のポイント「言葉を大切に、全員にメロディーを歌わせる」のところで言ったように、テノールパートは「ちからしんじてー」の副旋律から休符もなく「このひろいー」の主旋律を歌わなければいけません。
「さあ、ここからは自分たちが引っ張るよ!」という意識で「この」の「こ」を慌てず落ち着いてしっかり出しましょう。
ここの歌い方は大変重要なポイントになります。
それからテノールパートが「このひろいー」で伸ばしているところに女声が追いかけて来ますので、「このひろいー」の「いー」はしっかりと伸ばしましょう。
「旅立ちの日に」合唱指導とピアノ伴奏、パート毎のコツのまとめ
今回は「旅立ちの日に」の合唱指導について、そしてピアノ伴奏とパート毎のコツについてもお伝えしました。
いかがでしたか?
勤務していた中学校での「旅立ちの日に」の合唱の授業を思い出しながら書いてみました。
少しでも先生方の参考になったら嬉しいです。
全国の卒業式で最高の歌声が響くことを心から祈っています。
もし何かお悩みやお尋ねなどがありましたら、こちらからお気軽にお問い合わせください。
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